次回エーテル塾
2026/ 5/ 9 (土)13:00~
場所:神田
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沖縄の師匠が彼方に旅立たれました。
弟さん、ご長男、ご次男が彼方に先に向かわれ、
師匠を迎える準備を整えていらしたのだと思います。
早朝、旅立たれた知らせを受けたのですが、
昨夜の夢がとても印象的で、
師匠が最後まで手を引いてくださった事に
言葉で言い表せない思いが溢れています。
出会いは確か2006年。
斎場御嶽がまだ世界遺産になる前、
早朝、御嶽でご祈祷されている所に偶然にも通りかかり、
圧倒的なお力に驚き、足を止めました。
3つの聖所それぞれの場所で結界を張られ、
その中で見えない存在たちとのやり取りをされていました。
実際にそんなことができる人を見たことがなかったので、
「こんなに凄いことができる人がいるのだ」
と驚いたものです。
それぞれの結界の前で立ち止まった私に、帰り際、
「ありがとうね、下でお茶を飲んで行きなさい」
と声をかけてくださった師匠。
小柄だけれど、凛として圧倒的なオーラを纏っていらっしゃいました。
坂を降りた所にとても素敵な沖縄の伝統家屋があり、
ささっとお参りを終えた私は、図々しくもそのお宅の門をくぐりました。
だって、そんな本物にお目にかかるのも声をかけていただいたのも初めてなんですから。
その日は、そのお宅のご主人のための祈祷だったとの事。
ユタやノロと司(つかさ)の違いなど、皆さんのお話が楽しく興味深く、
お茶どころかお昼ご飯までいただいてしまいました。
「この人はね、沖縄の人だって滅多に会うことができない凄い人なんだよ」
と、ご主人が教えてくださり、薄々感じてはいたものの「やはり」直感は間違っていませんでした。
帰り際に、「いつか勉強にいらっしゃい」と師匠のお名前と連絡先を書いたメモ用紙を手渡されました。
余所者の私が何を勉強したら良いのかも分かりませんが、
それでも、とても大切なものだということだけはわかっています。
メモは手帳が変わる度にお守りのように入れ替えられ7年の時が過ぎました。
その当時、親しくしていた鍼灸師の男の子が
「沖縄の言葉を使って治療をしたい」
と言うので、
「いやいや、沖縄は時を重ねたパワフルなアストラルの場だから、
素人がそんなことをしない方がいいと思う」
とアドバイスをするものの、若者はいうことを聞きません。
その時「そういえば、私教えてもらえる人を知っているわ」
と、メモのことを思い出しました。
手帳の間から7年前に頂いたメモを取り出し、
その番号に恐る恐る電話してみました。
「はい、もしもし」
「あの、私7年前に斎場御嶽でお目にかかった山本と申します」
と申し上げると、
「はいはい、聞いてますよ。今ね神事で出てるから、また後で電話してください」
と女性が(ご長男のお嫁さん)サラリとお話しくださいます。
(聞いているって、7年前のことなのに?)
と訝りながら、再度お電話差し上げると、
師匠が電話口に出られて、
「はいはい、覚えてますよ」
「あの、伺いたいことがあってお電話差し上げました」と申し上げると、
「明日いらっしゃい」
(えぇ!今、東京ですけど)と驚いたものの、冒険心でいっぱいだった私は、
明日行くことが可能なメンバーを募り、沖縄に飛びました。
本当に信じられない再会です。
7年前の思い出話が終わった頃、
「実は」と、鍼灸師の子から預かった言霊を書いた紙をお渡しすると、
ポンと畳に紙を放って、
「こんなものは忘れなさい」
と一蹴。
(やはり)と思いつつ、(遥々やってきたものの無駄足だったか)と思っていると、
師匠が宙に目を向け、何やら沈黙が続きます。
「私はね、7年前には読めなかった巻き物を今は読むことができるようになっている。
そこにはね、あなたの手を引いていくって書いてあります」
との事。
あまりに意外な展開に、
(沖縄のムヌシリである方が私の手を?
アストラルは得意じゃないし、沖縄のことは何も知らないし。。。)
と驚いたものです。
「せっかく来たのだから、明日の夜はご馳走しますよ」
と、ご長男が翌日の夕食にお招きくださいました。
ところがその晩から私はアストラル頭痛に見舞われ、
顔を動かすことも出来なくなってしまいました。
原因は2メートル四方の窓から覗いているアストラル存在かもしれない
と、何となくは感じていたものの認めたら後が大変になる予感がしたので、
翌日夕方までベッドから動けずに過ごしていました。
しかし、待ち合わせ時間近くなっても一向に回復しないアストラル頭痛に、
仕方なく窓に張り付いている存在に
「何ですか?」
と聞いてみます。
「7年前からずっと居る」
との事。
(いや、認めたくない。アストラルの周波数合わないし大変だから)
しかし、その存在の話を聞いているとスーッと痛みが引いていきます。
ご長男との待ち合わせ時間に少し遅れて到着し、
遅刻の理由をお話しすると、
興味深そうに聞いてくださいます。
翌日の早朝、師匠の朝の神事にご一緒させていただける事になり、
早朝4時、まだ真っ暗な中ホテルを出発します。
(当時は、Googleマップもなく、師匠のお宅に歩いて伺えるゴザの『デイゴホテル』に泊まっていました)
真っ暗な中、師匠のお宅の裏手にある御嶽に向かいます。
一月の末で、沖縄とはいえ師匠はロングダウンをお召しになるほどの寒さです。
師匠の後ろに座ると、突如聞いたこともない言葉で師匠が高らかに話し始めます。
漆黒の闇と師匠の声の迫力で息することさえ躊躇うほど。
うっすらと夜が明け始めた頃、ご神事が終わります。
温かいお茶でもと、お宅にお招きいただきました。
師匠は若い頃米軍基地で働いていらしたので、
アメリカンダイニング風の朝食です。
コーヒーをいただきながら話していると、
「昨日、龍が来ていた話を聞きましたよ。
その存在の話を聞かないことは神様の言うことを聞かないと言うことです!(きっぱり)」
(私は、数年前に亡くなった方にメッセージを託されたことがあり、それがとても重たくて馴染めなかったので、
アストラルの周波数からの話は聞かない事にしていました)
「分かりました」
それから私の見えない存在との本格的な交流が始まりました。
朝食後、再度、裏の御嶽に向かいます。
師匠の御嶽は、二つの世界に分かれています。
早朝は下の世界、今度は、上の世界の方に上がります。
そこでアストラルの周波数の中にもより精妙な世界があることを知りました。
そして、突き当たりの大きな球を指差し、
「これがあなたの所に出てきた存在」
とお話しくださいます。
半信半疑ですが、有難いということだけは分かります。
最後に、「球をあなたに持たせるから」と授けてくださいます。
(何に使うんだろう?)
と思いながらもありがたくいただきます。
これが2013年1月末旧暦のお正月前の晦日の事でした。
東京に戻って2週間後。
心霊研究をなさっているY先生が半年前から誘ってくださっていた日枝神社にお参りに行く日が来ました。
その日は小雨が降っていて何とも憂鬱な日。
元々神社に興味はないのですが、Y先生は大好きなのでお付き合いです。
真摯にお参りをされているY先生の後ろに立っていると、
お社の屋根からスルスルと龍が登るではないですか。
こちらを睨み「持ってきたか?」と尋ねます。
(えっ私?)
周りを見回しても誰もいません。
(何だろう?)
しばらく考えているとパッと球が浮かびます。
「これでしょうか?」授かった球を差し出すと、
「そうだ」
すると反対からも龍が登り、
「こちらにも渡せ」
との事。
「どうぞ」
と渡すと、双方にリボンのようなものがかかります。
そして、第三の声が語りかけてきます。
「これを持って行け、次の所に行く際には、沈黙しなさい」
(何なに?)
ヘンテコな依頼ですが、お参りを終えられたY先生に
スマホに文字を打ち込んでお見せします。
「何だか、お社の上に龍が上がって、その後聞こえてきた声が
『次に行くところまで沈黙して行け』って言ってます」
それを見たY先生は、
「そうしましょう!」
と、見えない声に従って下さるとのこと。
申し訳ないことこの上ありません。
(御歳80過ぎていらっしゃいます)
その後も第三の声は、道順まで指定してきます。
あまりの威張りんぼぶりに、
「どちら様?」
と聞くと、
『クニトコタチ』
とカタカナで答えるので、
スマホでY先生に
『クニトコタチだって言ってます』
と打ってお見せすると、
「あなた、日枝神社の神様ですよ」
と私の無知ぶりに驚かれていました。
指示通りの道のりで京王線に乗り、大國魂神社に。
到着するとすぐにやはりお社の上に龍が登り
「持ってきたか」
指示のあったリボン状のものを渡します。
沈黙を解いて良いとの指示があり、
おみくじをひくように言われます。
私はおみくじを引く習慣がないのですが、言われるままに引いてみると、
通常の大吉とか中吉というおみくじではなく
格言のようなものが書いてありました。
一番上に「沈黙について」
それから如何に沈黙が大切であるかを説いています。
ちょっと鳥肌が立ちました。
その声曰く、今日私は『幕屋』を作ったとの事。
よく分かりませんが、
お役に立てて良かったですと申し上げます。
もう球も渡したし、一連の流れの中で一仕事終えた気分です。
ところが、それから第三の声は毎日のように指示を出してきます。
その後、鹿島神宮から人穴神社、
諏訪大社から人穴神社
幣立神宮から人穴神社までそれぞれの水を運べとの指示。
しかも、皆がお参りする正面ではなく、
全て誰も来ないような裏だったり、全く違う山の中だったり。。。
それでも声に従って行ってみると、確かに寂れたお社があるんです。
途中アストラルのちびっ子たちがゾロゾロと付いてきたり。
御伽話の世界に入ってしまったような日々でした。
人穴神社だって、当初調べたら心霊スポットとの事。
これは行きたくないので、
「近くの別の神社ではダメですか?」
と聞くも、ダメとの事。
それでも、その心霊スポットが実はその後の展開のキーとなる場所。
角行さんの修行の場であり、家康を匿った場。
そして、当時は人ケのなかった洞窟から出たところで偶然にお目にかかったのが、
その角行さんの流れを継ぐ富士講のトップ。
そろそろ着陸ですので、この話はここで一旦終わりにします。
気持ちの整理にお付き合いくださりありがとうございます。
あぁ、師匠の魂は永遠なのに、やはり寂しさが募り、
こうして眠れぬ機内でこれを書くことで折り合いをつけています。
とにかく、このような不思議な出会いや導きが今の今まで続いているのです。
物語だとしても信じがたいような話を全部お話ししたら、驚かれると思います。
しかし、あの日偶然に師匠と出会い、
そして「それを信じないということは神様を信じないということですよ」
という師匠の言葉から見えない世界との交流が始まり、
今の私がいます。
師匠との出会いがなかったら、私の人生は本当に味気ないものだったと思います。
様々な場所に導かれる度に
「行ってきます」とお電話し、
「戻りました」とご報告してきた日々はもう戻りません。
でも、師匠の声は確かに聞こえています。
「山本さん、頑張ってください」
といつもの声が響きます。
師匠、言い尽くせないほどの感謝で溢れています。
私の奇跡のような人生は、師匠に出会ったことから始まりました。
私がすべき仕事をやっと自覚した事を見届けて、彼方に戻られたのでしょうか。
これからも仕事を全うし、師匠の在り方を伝えていかれるよう精進します。
ムヌシリの弟子であることを誇りに思います。

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